
文・写真=NPO法人日本アジア球友団ラリグラス(小林 洋平)
2016年9月25日、2026年アジア競技大会の開催地が愛知・名古屋に決まった。それから約10年。ネパール野球にとっても、この大会は遠くに見える大きな目標の一つだった。
2017年、ネパール代表はパキスタンで開催された第13回BFA西アジア野球大会に出場した。当時、私は代表チームのヘッドコーチを務めていたが、選手や関係者とよく話していたのが「2026年の名古屋」だった。当時は、2026年大会で野球競技が実施されるかどうかさえ決まっていない。それでも、開催が決まってから準備を始めたのでは遅い。国際大会に出場し、経験を積み、選手を育て、国内で野球を続けられる環境を少しずつ整えていく。その積み重ねの先に、日本で開催されるアジア大会があればいい。そんな話をしていた。

それからネパール代表は、西アジアを中心に国際大会への参加を重ねてきた。決して順調な道のりではない。競技人口も施設も、野球が盛んな国とは大きく異なる。それでも、一つひとつ国際試合を経験しながら、アジアの中で自分たちがどこにいるのかを確かめてきた。今回の愛知・名古屋大会に出場したパレスチナは、その歩みを考える上でも象徴的な存在だった。ネパールは2023年の西アジアカップでパレスチナと対戦し、2024年11月にドバイで行われた「Baseball United Arab Classic」でも同じグループで直接対戦している。その相手が、今回はアジア大会のグラウンドに立っていた。
ネパール野球・ソフトボール協会(NBSA)も、愛知・名古屋大会への出場の可能性を最後まで模索してきた。ディパック・ネウパネ会長は、アジア・オリンピック評議会(OCA)の本部があるクウェートまで足を運び、関係者との協議を重ね、ネパール国内でもオリンピック委員会との連携を進めた。しかし、ネパール代表として愛知・名古屋のグラウンドに立つことはかなわなかった。それでもネウパネ会長らは、日本でアジア大会が開催されるこの機会を無駄にはしたくないと考えた。出場はかなわなくても、自分たちの目で大会を見て、これからのネパール野球につながるものを持ち帰る。その思いから、NBSAの関係者7人が来日し、ネパールオリンピック委員会のラジブ・シュレスタ事務総長も合流することになった。
豊橋市民球場で彼らが見たのは、パレスチナ対フィリピンだった。かつて自分たちが国際大会で戦った相手がアジア大会のユニホームを着てグラウンドに立ち、その翌日には侍ジャパン社会人代表と対戦する。パレスチナが決して遠い存在ではなかったからこそ、その光景には重みがあった。ネウパネ会長にとっても、長く目標としてきた大会を実際に訪れ、これまで国際大会で戦ってきた相手がその舞台に立つ姿を見ることには特別な思いがあった。出場できなかった悔しさはもちろんある。それでも、アジア大会を遠くから眺めるだけではなく、実際にその場に立ったことで、これからネパール野球が何を積み重ねていかなければならないのかを改めて考える機会になった。
大会開幕前には、自治体を巡ってきた聖火リレーのグランドフィナーレが名古屋市瑞穂区で行われた。「りくりゅう」こと三浦璃来さん・木原龍一さん、高橋尚子さん、侍ジャパントップチーム投手コーチの吉見一起さんら、多くのスポーツ関係者が聖火をつないだステージに、私も聖火ランナーの一人として参加した。長年一緒に活動してきたネパールの仲間たちから「ネパールを代表して頑張って走ってきて」と送り出され、彼らが長年この大会にかけてきた思いを少しでもこの聖火に託すつもりで、走った。
今回の来日は、アジア大会の試合を見るだけの視察でもなかった。京セラドーム大阪では日本のプロ野球の球場に触れ、在日ネパール人が参加するフットサル大会では、日本で暮らす同胞ともスポーツを通じて交流した。アジア大会を入口に、競技そのものだけではなく、スポーツを支える環境や、日本とネパールの間にすでにある人のつながりにも目を向ける機会となった。

一方で、今回の来日を考える上で避けて通れない出来事があった。8月26日にネパールを襲った大規模な洪水・土砂災害である。多くの命や暮らしが失われ、現在も現地では復旧や支援が続いている。来日計画も、この災害を受けて大きな変更を余儀なくされた。その影響は、アジア大会での行動にも表れた。本来であればNBSAのメンバーは侍ジャパン社会人代表と韓国代表による決勝を視察する予定だったが、その予定を変更し、名古屋でSport for Tomorrow(SFT)の取り組みに参加した後、大阪で開かれた「世界気候アクションin大阪」へ向かった。
この変更について、ネウパネ会長らNBSA側からは、アジア大会の視察も大切である一方、「現地で起きていることを日本の皆さんに直接伝えることにも大きな意味がある」との考えが示された。長い時間をかけて目標としてきたアジア大会であり、その決勝を実際に見ることにも大きな意味があった。それでも、今も復旧が続く母国の状況を伝えることを選んだ。この判断には、野球だけにとどまらない、今回の来日の意味が表れていたように思う。
そこには、今回の来日で彼らが見た「スポーツ」のもう一つの側面があったように思う。スポーツは競技の中だけで完結するものではない。安心して暮らせる地域があり、子どもたちが学校へ通い、仲間と集まり、ボールを追いかけられる日常があって初めて成り立つ。母国で大きな災害が起きている中でアジア大会を訪れたことは、ネウパネ会長にとっても、ネパール野球の未来だけでなく、その野球を支える社会や環境について考える時間になった。
2017年にネパール代表の選手たちと描いた「2026年、名古屋でプレーする」という目標は、そのままの形では実現しなかった。しかし、ネパール野球は別の形で愛知・名古屋2026にたどり着いた。目標にたどり着く形は、10年前に想像していたものとは違った。それでも、名古屋を目指して積み重ねてきた時間がなくなったわけではない。その10年を次にどうつなげていくのか。愛知・名古屋2026は、ネパール野球にとって一つの到着点ではなく、次を考えるための場所になった。
- 2026年10月14日「ネパール野球が目指した愛知・名古屋アジア大会、その先へ」
- 2026年10月14日「世界ランキングには表れないネパール野球の現在地」
- 2026年5月11日「ネパールで広がるベースボール5の輪―全国大会開催、次世代につながる3日間―」
- 2026年3月11日「巨人キャンプの足元にある国際性」
- 2026年3月11日「別の国の現場から」
- 2025年12月11日「静かに積み上がる未来」
- 2025年10月27日「ネパールの混乱と国交70周年記念大会について」
- 2025年9月10日「在日ネパール人とのスポーツによる共創」
- 2025年7月7日「オリンピックデー」
- 2025年4月14日「目標設定。ネパール野球ソフトボール協会、大阪を走る。」
- 2025年2月19日「スポーツの役割」
- 2024年11月25日「カラダを動かす楽しさを伝えよう!」
- 2024年9月2日「ネパール野球25周年日本ネパールスポーツ交流プログラム2024-2025」
- 2024年4月12日「学校スポーツ連盟との協定」
- 2024年1月15日「1st National Baseball5 Championship 2024」
- 2023年11月28日「目指せ!体験から広がる笑顔の輪」
- 2023年10月2日「福島県×ネパール シャクナゲ交流」
- 2023年8月30日「ネパール最古参選手」
- 2023年7月14日「ネパール野球ソフトボール協会の新体制発足」
- 2023年6月14日「在日ネパール人による野球体験会」
- 2023年3月27日「WORLD BASEBALL CLASSIC™ 2023」
- 2023年3月1日「ONE WORLD」
- 2022年12月28日「アジア野球連盟審判講習会」
- 2022年10月7日「在日ネパール人との連携」
- 2022年7月20日「第4回世界野球ソフトボール連盟総会」
- 2022年4月15日「主体的な活動」
- 2022年2月14日「ピンチはチャンス」
- 2021年12月22日「ネパール・ベースボール・フェスティバル」
- 2021年11月9日「行動」
- 2021年8月30日「世界への普及を目指して」
- 2021年7月15日「キャッチボールクラシックオンライン国際交流大会プレ大会2021」
- 2021年4月26日「原点に戻る」
- 2021年3月22日「協働」
- 2020年12月25日「迫られる変革」
- 2020年10月1日「WEB野球教室」
- 2020年7月20日「変わるもの、変わらないもの」
- 2020年5月14日「世界がひとつになって逆境を乗り越える」
- 2020年3月2日「ネパール観光年2020」
- 2019年12月25日「ワールドマスターズゲームズ2021関西」
- 2019年12月10日「第3回世界野球ソフトボール連盟総会」
- 2019年11月8日「ネパールへの直行便」
- 2019年9月19日「第14回BFA西アジア野球大会2019」
- 2019年7月2日「政府機関とのつながり」
- 2019年5月22日「第2回ネパール全国野球大会2019」
- 2019年5月4日「北海道ベースボールリーグ」
- 2019年4月15日「国際大会へ、ネパールを応援する人々」
- 2019年3月18日「侍ジャパンシリーズ2019 日本対メキシコ」
- 2019年3月1日「アジア野球連盟総会」
- 2019年2月13日「国際交流活動との出会い」
- 2019年1月9日「野球を通じた国際理解」
- 2018年11月5日「グラウンド開所式」
- 2018年10月26日「ネパールのソフトボール」
- 2018年9月5日「第28回世界少年野球大会」
- 2018年8月3日「楽天イーグルスとの対戦」
- 2018年7月31日「ネパールでのグラウンド建設」
- 2018年7月2日「東京オリンピックへの道のり」
- 2018年5月8日「PRESIDENTIAL CUP」
- 2018年4月16日「新たなネパール代表チームの選考」
- 2018年4月2日「日本の大学生との野球交流」
- 2018年2月5日「パキスタン野球連盟カワール・シャー会長を偲ぶ」
- 2017年12月27日「ネパール野球ソフトボール協会の奮闘」
- 2017年12月6日「ネパール野球ソフトボール協会の来日」
- 2017年11月29日「南アジア交流野球教室」
- 2017年10月31日「第2回世界野球ソフトボール連盟総会」
- 2017年10月10日「ネパール代表選手の日本での活動」
- 2017年9月22日「ネパール代表選手、ゼロロクブルズで学ぶ」
- 2017年8月21日「北海道での挑戦始まる」
- 2017年7月25日「スポーツ庁長官感謝状」
- 2017年6月23日「スポーツで広げる友好の輪」
- 2017年6月7日「北海道での挑戦」
- 2017年4月18日「第13回BFA西アジア野球大会2017 vol.2」
- 2017年4月4日「第13回BFA西アジア野球大会2017 vol.1」
- 2017年2月14日「世界最下位からの挑戦」
- 2017年2月9日「代表強化合宿」
- 2017年2月3日「ネパール人コーチの来日」
- 2017年1月10日「ネパール代表チーム」
- 2016年12月28日「もうひとつのWBC」
- 2016年12月16日「ネパールU15野球大会」
- 2016年11月25日「NHKの新番組『世界はTokyoをめざす』」
- 2016年10月7日「ネパール野球とオリンピック」
- 2016年10月4日「ネパールの雨季」
- 2016年8月22日「東北楽天イーグルスのネパール支援」
- 2016年6月13日「日本に住むネパール人への野球普及」
- 2016年5月19日「被災地の野球事務所に見た信念」
- 2016年5月2日「ネパール復興支援野球大会」
- 2016年4月4日「野球途上国 共通の課題」
- 2016年3月17日「ネパールから日本へ」
- 2016年3月14日「さらなる野球普及へ」
- 2016年2月10日【西アジアの野球ネパール編】〜野球普及への葛藤と模索〜
- 2016年2月9日【西アジアの野球ネパール編】〜野球を拡める課題と苦労〜
- 2016年2月2日「動き出した時間」
- 2016年1月7日「復興支援野球大会の延期」
- 2015年10月15日 「野球指導員、ネパールでの活動」
- 2015年8月21日 「ネパール野球の有望株」
- 2015年6月2日 「希望から絶望へ」
- 2015年4月20日 「ネパール野球の現状」
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