9月28日に閉幕した「第31回 BFA アジア選手権」(中国・平潭)。侍ジャパン社会人代表は決勝戦でチャイニーズ・タイペイを圧倒し2大会連続21度目の優勝を果たした。社会人野球のトップ選手たちが力を発揮し、金メダルを獲得した軌跡を振り返る。







社会人野球の魅力を世界へ
「日本特有の文化である社会人野球の魅力を世界に発信する貴重な機会」。川口朋保監督が合流後最初に選手たちに呼びかけた言葉だ。さらに続けて「そのためにはまず皆さんが楽しんでプレーして欲しい」と投げかけた。
直前合宿初日の夜、ホテルでのミーティングではあるテーマについて自由な発想でアイデアや意見を出し合う「ブレーンストーミング」が行われた。お題は「社会人野球の魅力とは」。4つのグループに分かれ各々が意見を書いた付せんが次々にテーブルに並べられていった。
「地域とのつながり」、「大人の甲子園」、「全国に友人ができる」、「セカンドキャリアの充実」など多様な意見が書かれた付せんで模造紙があっという間に埋め尽くされる。意見を共有した後には、社会人野球の魅力を伝えるための行動目標を個人で作成し考えを深めた。今回のチームは2年ぶりの社会人代表の招集であり、初選出が17人(昨年のU-23代表3人を含む)と大多数を占める中、仲を深める機会ともなり結束力が強まる有意義な時間となった。
1試合平均10得点超えの打線と防御率1点台の投手陣
決勝までの6試合で打線は出場チーム最多の62得点を挙げ、チーム打率も1位の.362を記録した。その後押しとなったのが不動の上位打線だ。1番・熊田任洋(トヨタ自動車)、2番・添田真海(日本通運)、3番・網谷圭将(ヤマハ)、4番・逢澤崚介(トヨタ自動車)。OPS(出塁率+長打率)の高い選手を上位に並べることで得点機会が多く訪れるという川口監督の方針のもとで、この並びは1度も崩さず。大会を通して安定した活躍をみせた上位打線が機能したことで、大量得点に大きく結びついた。
また「低めのボールを捨ててゾーンを上げ、ファーストストライクを積極的に振る」という攻撃での決まりごとを選手たちが徹底して見せた。チームとして「低めの見逃し三振OK」の方針を示したことでボール球に手を出さず浮いてきた甘い球に対しハードヒットを繰り返すことができた。
しかしスーパーラウンドの2試合ではわずか3点と苦戦を強いられた。特に155キロを計測したチャイニーズ・タイペイ先発のチャン・ジュンウェイ(ソフトバンク)からは走者を出しながらも得点を奪うことはできなかった。社会人代表の課題でもある『150キロ超えの直球への対応』は目に見える結果に表れなかったかもしれない。それでも川口監督は「2打席目以降はアジャストしかけていたことは少しずつ成長したポイントであると思います」と選手レベルの底上げに手応えを得た。
強力投手陣はチームが求めるストライクゾーン勝負で他チームをねじ伏せた。投手陣はチーム防御率1.20、1イニングに許した走者の数の平均であるWHIPは0.80、1試合平均四球0.6はいずれも大会全体で1位とレベルの高さを見せつけた。特に決勝でも好投し、大会MVPを獲得した近藤壱来(JR四国)は先発として2試合に登板し、12イニングを投げ無四死球、無失点と圧巻の成績。ほぼ全ての打者からファーストストライクを奪うテンポの良い投球で初の国際大会ながら金メダルの大きな原動力となった。







「みんなで勝ち取った優勝」スタッフ陣による献身的なサポート
「日本にいる時から携わっていただいたスタッフを含め、みんなで勝ち取った優勝」と決勝戦後に川口監督は振り返った。例年とは違い8月後半から9月前半にかけて行われ、ほぼ全ての選手が出場した都市対抗野球大会直後の代表活動ということもありコンディション面への懸念があった。その中でもドクターの田中紗代氏、アスレティックトレーナーの佐藤照己氏、佐藤佑介氏が連日夜遅くまで選手の体調を誠心誠意サポート。
さらにクオリティコントロールとして帯同した学生アナリストチーム「RAUD」の現役大学生・谷本夏海氏は、測定装置で計測した打撃や投球の数値を用いて個々の状態が上向きになるよう選手とのコミュニケーションを繰り返した。それだけでなく連日夜遅くまで対戦相手の分析資料を作成し、その精度の高さに試合後に選手からは「ナイスデータ!」と声をかけられるほど頼られる存在に。「情報過多にならないように。それでも言われた時にすぐにデータを出せるようにたくさん準備していました」。印刷した紙の資料が試合後にボロボロになって戻ってくるほど活用されていたことに笑顔を見せた。
32年ぶりのアジア競技大会制覇に向けて
社会人代表の特徴は川口監督が求めてきた質の高いコミュニケーションとチャレンジする姿勢にある。合宿初日から年齢に関係なく考えや感覚を互いに伝え合い、普段はライバルの選手とも高め合ってきた。チーム最年長の矢野幸耶(三菱重工East)が「チャレンジすることはすごく難しいことなのに、このチームはそれができる選手が本当に多いです。積極的に盗塁を仕掛けたり、初球から振りにいく姿勢があったりしていたのでチームの雰囲気も良かったです」と絶賛したように常にポジティブな雰囲気が浸透し、日に日にチームが一つになり強さを増してきた。
いよいよ来年に迫った第20回アジア競技大会で川口監督率いる社会人代表の集大成となる。4年に1度開催されるアジア最大のスポーツの祭典である同大会は、32年ぶりの日本開催(愛知県)だ。野球競技は第11回大会から行われているが、日本の金メダルは前回の自国開催である1994年の第12回大会(広島県)の1度のみ。他チームトッププロ選手を招集し、格段にレベルの上がる同大会での2回目の金メダル獲得を目指す。
これまで指揮してきた3度の国際大会全てで優勝してきた“優勝請負人”川口監督は「日本としてアジアの頂点は譲れない」と力強く意気込みを語る。今大会で手にした栄冠や収穫・課題を手に、32年ぶりの歓喜に向けて新たな一歩を踏み出した。
選手コメント
近藤壱来(JR四国)
※2試合12回無失点、2勝を挙げて大会MVP
「首脳陣やトレーナーさんなどスタッフの皆さんにコンディションの調整や登板を上手く回していただきました。試合にベストパフォーマンスで挑めたので、自分がいただいた賞ですが、いろんな人の支えのお陰だと思います。(2試合12イニングを投げて無失点の好投)長打をケアしながら、ランナーを出してもストライク先行を意識して先の塁を踏ませないような投球ができたことが要因です」
網谷圭将(ヤマハ)
※最多打点(11打点)、ベストナイン(外野手)
「賞をいただけたことは素直に嬉しいですが、それよりも国を背負っている以上勝つことが何よりも最優先事項だと思っていた中で結果がついてきて、金メダルを取れたことが1番嬉しいです。試合では考えることを多く持ちすぎないように意識して、シンプルに自分のできる範囲で最大限のことができました」
添田真海(日本通運)
※最多得点(9得点)
「日本のために活躍できて良かったです。(2番として今大会最多タイの12安打)自チームではいつも1番ですが、2番だからと意識せずに思い切って、川口監督もおっしゃっていた『割り切り』を大切にしてプレーができました。全員が勝ちたい気持ちがあるからこそ、いいバッティングがチームとしてできていたと感じました。この経験を今後の野球人生につなげていきたいです」
増居翔太(トヨタ自動車)
※ベストナイン(先発投手)
「この賞に見合う役割を果たしたかどうかは自分自身も100パーセント納得はしていないですが、国際大会での表彰はなかなかないことなので大変うれしいです。野球をする環境もそうですけど、慣れない環境の中でも食事やコンディショニングがうまくできるよう周囲にサポートしてもらえたことに感謝したいです」
矢野幸耶(三菱重工East)
※ベストナイン(二塁手)
「少しでもチームのためになったらそれで良いと思ってプレーしていた中での受賞なので、自分一人の力で取れたものではないです。チャレンジできる選手が本当に多いチームだからこそ、雰囲気もよくみんなが伸び伸びプレーできて優勝につながったと思います」
第31回 BFA アジア選手権
大会期間
2025年9月22日~9月28日
オープニングラウンド(グループA)
9月22日(月)10:30 フィリピン 1 - 18 日本
9月23日(火)19:30 日本 17 - 2 パキスタン
9月24日(水)19:30 日本 13 - 0 中国
※開始時刻は日本時間(中国:-1時間)
スーパーラウンド
9月26日(金)19:30 日本 3 - 2 チャイニーズ・タイペイ
9月27日(土)19:30 日本 0 - 1 韓国
※開始時刻は日本時間(中国:-1時間)
決勝
9月28日(日)19:30 チャイニーズ・タイペイ 0 - 11 日本
開催地
中国(平潭)
出場する国と地域
グループA
日本、中国、フィリピン、パキスタン
グループB
チャイニーズ・タイペイ、韓国、香港、パレスチナ