世界の野球
"世界の野球"パラオ共和国 よみがえれ南洋の「ヤキュウ」魂「グラウンドに敬意を」
2017年2月25日
文・写真=大庭良介(JICA青年海外協力隊)
こんにちは。世界の野球パラオ編第四回目となります。前回までのコラムではパラオ野球の事情や歴史、衰退要因についてお伝えしてきました。今回は、そのような状況の中で、私がどのような普及活動を行っていったのかお伝えしていきたいと思います。
トンボからTOMBOへ
私が赴任したのは2015年7月。JICAパラオ支所のオリエンテーションを終え、7月18日に配属先のパラオオリンピック協会に行き初めてアサヒ球場に行きました。球場に足を踏み入れた時、グラウンドの劣悪さに驚いたことは今でも鮮明に覚えています。スタンドはゴミ溜め状態、内野は雑草だらけ、ベンチには落書きが多数あり、今まで日本で野球をしてきた私にとっては信じられない有様でした。「こんな状況で練習しているんだ。」これが最初の正直な印象です。同時に、今まで日本の練習環境がどれほど素晴らしいもので恵まれていたかに気付かされました。
初めての練習後、私は日本にいる時と同じ感覚でグラウンド整備をするものだと思い込んでいました。しかし、よく見てみると球場のどこを探してもトンボが一つも見当たりません。選手やコーチたちは何事もなかったかのように球場を後にします。私は皆に「掃除や整備はしないのか?」と尋ねると「なんでしないといけないの?また今度でいいよ。」と怪訝そうな顔をします。
日本で野球をしたことがある人なら誰しも必ず一度はグラウンド整備をしてことがあるはずです。私にとってもそれは当たり前の物になっています。良い環境が良い練習を作ると思いますし、グラウンド整備を怠らないことですべての事において妥協せずに取り組む習慣をつけることができるようになると思います。そして何より、グラウンド整備を通じてグラウンドに敬意を払うことで、野球のできる喜び、仲間や家族への感謝を再確認することができるのではないかと思います。私は、日本野球がレベルアップした背景には、グラウンド整備で培った忍耐力や精神力、更には、グラウンドに対する感謝の気持ちが大きく影響していると信じています。
そこで、パラオ野球にもグラウンド整備する習慣を作ろう、そうすれば球場の環境も、選手達の中にも何か変化が生まれるかもしれない。そう思い、まずグラウンド整備ができる環境を作るため、内野の雑草抜きと並行して町中を歩き回り廃材を拾い集めトンボを作ることにしました。放課後にスタンドでたむろする近所の高校生の冷ややかな視線を浴びながら炎天下に草むしりをするなかで、グラウンド整備をする環境を作るだけでも3か月以上を費やしました。
また、最初にトンボを見たパラオ人からは「これはバッティング練習の道具か?」と聞かれたくらい、彼等にはグラウンド整備をするという発想が全くありませんでした。
初めてトンボを使うにあたり、グラウンド整備をする意味や理由、やり方等を一枚紙にまとめてミーティングで説明し、実際に一緒になって行っていきました。協会関係者や一部の選手からも「これはいい事だ、毎回しよう!」とのかけ声はあがるものの、それを続けていくことがなかなかできません。これはきっと世界各国で指導されている方とも共有できる課題ではないかと思いますが、グラウンド整備の経験のない人からすれば、すぐには受け入れにくい部分もあるのかもしれません。
実際問題として、トンボをかけたからといって野球の技術が直接的に向上するかというとそうではないかもしれませんし、一部の国では、グラウンド整備をすることで生計を立てているプロも存在すると聞きます。しかし、野球には試合で集中する時や緊張を強いられる場面、何度も我慢しなければならない局面、チームメイトを信頼してプレーする場面が数多くあります。それらの重圧のかかる場面で冷静にプレーするのは簡単ではありません。それは地道な努力の積み重ねがあってこそなしうるものであり、そのための具体的な訓練方法の1つとしてグラウンド整備が果たせる役割があるのではないかと感じます。そう考えると、今のパラオ野球に欠けているものがトンボの中に凝縮されている、私にはそんな気がしてなりません。直接の技術向上には結びつかないものだとしても、実は野球をする上で、強いてはこれからの人生においても大切なことが、グラウンド整備には多く含まれているのではないのかと感じます。
一年半以上たった今でも日本のように練習終了→グラウンド整備と習慣化させることはできていません。しかし、TOMBO=グラウンド整備をする道具という認識はある程度浸透してきましたし、私が言えば嫌々ながらもグラウンド整備をするようにはなりました。野球がyakyuuとして日本から伝わったのと同じように、トンボがTOMBOとしてパラオに根付き、パラオ野球の復興のきっかけになることを信じて、グラウンドへの敬意の念を大切にすることが、野球人としての向上に資することを訴え続け現地の人共に学んでいきたいと考えています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。