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"世界の野球"インドネシア野球「日本の各野球組織、団体との提携へ」

2017年11月7日

文・写真=野中寿人

 アジアの野球途上国の野球を、発展、向上させることは、野球というスポーツがオリンピック競技への完全復活、また、限定国だけで戦っている様な現状のWBCなど、そして、各年代別のアマチュアカテゴリーの国際大会を盛り上げて行くことにとって、絶対的に欠かせない重要な要素の1つです。

 それには、野球先進国の組織や団体などの大きな力を持つ所からの協力が不可欠だということも、今まで、再三訴えてまいりました。

 野球途上国の底上げは、野球先進国からすれば、あまりにも掴み所が無く、かつ、漠然としていて、先ず何から手をつけて良いのか途方に暮れてしまうのが事実だと判断します。しかし、何らかの切り口を見出し、素早く取り掛かからなければなりません。何故ならば、既に、野球衰退の現象が現れているからです。

 以上の状況を踏まえ、一昨年末にNPB様がインドネシアへご視察ご来訪をされた経緯から、先日、日本へ一時帰国をし、NPB振興室の平田部長様を訪問させて頂きました。平田室長様との会議には、日本スポーツ庁のインドネシア担当の方々も同席をして頂き、今後のインドネシア野球の発展と向上に向けて諸々の提携プログラムについてを打ち合わせさせて頂いた次第です。

 提携についてインドネシア側はインドネシアアマチュア野球連盟ではなく、インドネシアアマチュア野球連盟を統括する、インドネシア国家青年スポーツ省との提携をNPB様へ依頼をさせて頂き、両国の組織間での意思疎通を更に明確にする為に、今後、NPB様をはじめ、他の組織、団体へ依頼する支援プログラムの全窓口としてインドネシア国家青年スポーツ省から、私がその担当を担うこと等を含め、現地インドネシアとビデオコールを用いて、インドネシア国家青年スポーツ省上層幹部からNPB様と、日本のスポーツ庁担当者様へ、お話しをさせて頂きました。

 また、東京都高野連様もNPB様同様にインドネシア国家青年スポーツ省との業務提携についてを会議をさせて頂き、来年1月の初旬に東京都高野連の理事長様、並びに理事様らが、ジャカルタとバリ島へご来訪されることが決まりました。

 加えて、昨年、インドネシアアマチュア野球連盟と業務提携の調印をされた東都準硬式野球連盟様につきましても、今年度より、インドネシア国家青年スポーツ省との業務提携へと移行をすべく会議をさせて頂き、来たる11月にバリ島で開催する第2回日イ友好親善野球大会時(第13回BICレッドソックス深谷組野球大会)に、正式な調印式典を執り行う運びとなりました。

 また、充実した強化練習誘致施設を持つ福岡県庁様や福岡県議会様、そして福岡選抜チーム様との提携会議をも行い、更にはインドネシア国内での硬式球や準硬式球普及に際し、ナガセケンコー様と打ち合わせをさせて頂き、最短6日間の日本一時帰国よりインドネシアへ帰国を致した次第です。

 今回、私自身へも国家青年スポーツ省アドバイザーという役職要請を受け、誠に身に余るオファーと実感をしております。今後はより一層、インドネシアと日本の各野球組織団体との架け橋的な立場で野球の発展と向上に携わって行くこととなりましょう。

 インドネシア野球界にとって、来年の8月18日からの母国開催となるアジア競技大会。また、アジア競技大会前のプレ大会として来年3月末での開催案を段取っている、ジャカルタ開催での東アジアカップが控えており、こと、この東アジアカップは2019年に開催をされるアジア選手権大会兼、東京オリンピックアジア最終予選大会への出場枠がかかる大切な国際大会でもあります。そして、別途、2019年には東南アジア競技大会という東南アジアのオリンピックと位置づけされている国際大会が予定されており大切な時期に突入していきます。

 すなわち2018年と2019年は、東アジアカップ、アジア競技大会、そして、アジア選手権大会兼東京オリンピックアジア最終予選大会、東南アジア競技大会という、4つの国際大が控えている訳です。

 この様な重要な2年間を控える中、国際大会での成果は勿論ですが、いかにして、この4つの大国際大会を活かして、一気に、野球の発展と向上の基礎を構築して行くことが出来るか?この段取りと構築を確実に手中に収めることが、今後のインドネシア野球界の浮き沈みを大きく左右するキーポイントとなります。

「どう活かすのか?」

 まず、自分の役割としては可能な限りの動きを全て行う中で、インドネシア野球界へ野球の発展案と向上案を提示して行きます。例えば、現在、2015年から行っているジャカルタでの日系、現地企業様、年間120社様への支援金嘆願訪問も、自分が先頭を切って突っ走っているから可能となる動きではなく、内容を充実させながら継承性を持たせて行く様に提示をすることです。 つまり、今の動きをベースとして多方面へ幅を広げる資金獲得のモデルケースを、現地人野球関係者が引き継いで行かなくてはいけないということです。

 他の日本での選手、指導者育成野球修行プログラムにしてもしかり、独立リーグへの入団にしてもしかり、日本の高校や大学への野球留学プログラムや現地日系企業様への就職プログラムといった野球選手への特典制度等、これらについても全てを現地人野球関係者が継承をして行くことです。

 特に、今回の、野球の発展と向上に拍車をかけるべく、NPB様をはじめとし、東京都高野連様、東都準硬式野球連盟様との関係においても、行く行くは、現地人にて継承をして行かなくてはならないことです。

 インドネシア野球はインドネシア人が牽引をしなくてはいけません。つまり、その手前の段階までの諸々な段取りや、基礎の構築は外国人が行うものだとということです。

 出来ること、持っているもの、考えられる道筋、これらを構築して、全てを現地へ伝承して行く。これが、外国人としての役割であり、グラウンドだけでの野球の指導だけで外国人が統括を任されているのではないのです。

 相手側が言わなくても、先の先を察して動き、提携事項を決めて構築して行く。外国人だからこそ出来ることを段取る。現地が活性化することを段取って行く。これが、外国人として、異国の組織団体を統括するうえでの絶対条件と使命なのです。

 現地日系企業とて、インドネシア代表ナショナルチームとて、その基本部分は同じで、最終の目的は、インドネシア人やインドネシア組織の独立なのですから・・・

日本人監督の挑戦
著者プロフィール
野中 寿人(のなか かずと)
1961年6月6日生。日大三高野球部在学3年の夏に西東京代表にて全国高等学校野球選手権大会に出場。
その後、日本大学体育会硬式野球部へ進学。日本大学では1年の秋から体調を壊し2年間の休部をし、現役野球人生を終える。大学卒業後は、フィリピン、サイパンなどで仕事をし2001年にインドネシアのバリ島へ移住。2004年からバリ島の子供達に野球を教え始め2005年にリトルリーグを発足。2006年にはバリ州代表監督に就任、また、クラブチームを発足。2007年にはインドネシア代表ナショナルチームの監督に就任。2007年のSEAゲームスで銅メダル、2009年のアジアカップで優勝、同年のアジア選手権大会へ出場。その後、インドネシア代表ナショナルチームの監督を辞任し、地方州底上げの為に、東ジャワ州代表監督に就任。2011年のインドネシア国体予選で準優勝、2012年のインドネシア国体前哨戦で優勝、同年のインドネシア国体決勝大会で銅メダル。そして2014年からインドネシア代表ナショナルチームの監督に復帰をし、2015年の東アジアカップで準優勝。

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