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"世界の野球"インドネシア野球「Fu×Bic 野球キャラバン スラバヤ編」

2016年10月11日

文・写真=野中 寿人

 インドネシア全土を巡回し、アジア的な野球動作への矯正とパフォーマンスを最大限に引き出すストレッチの指導講習を施す“野球キャラバン”。前回の第1回、バンドゥン市での開催に続き、東ジャワ州の最大の都市であるスラバヤ市にて、第2回を開催しました。今回の試みとして、通常のグラウンドでの野球キャラバンとは別に、新たに現地の中学校を訪問しての野球キャラバンも実施しました。
 前回開催のバンドゥン市と同様に、このスラバヤ市の地域は、古くからソフトボールが盛んに行われてきたこともあり、男女共に多くのインドネシア代表ナショナルチームプレーヤーを輩出しています。ソフトボールのクラブチームも60年以上継続しているチームが数チームあります。また、この様な古くからあるクラブチームが数年前から少年野球をも取り込んできており、現状多くの野球少年が存在しています。

 更に、中学校・高校・大学といった各機関にも野球同好会が存在しており、学校の同好会とクラブチームの両方に所属している少年達が大半を占めています。この野球を行っている少年達の層は富裕層と貧困層に二分されています。富裕層の少年達はそれなりに野球用具の調達は可能ですが、貧困層の野球少年達は、裸足で練習をし、練習が終わるとドブ川で行水をし、練習で使用した洋服を洗濯して帰宅します。
 また、このスラバヤ市はサッカーも盛んな地域であり、数年前には日本のサッカー選手数名がスラバヤのクラブチームに所属をしていたこともあります。少年達の第1の夢は、サッカー選手として州の代表チームに入り、ナショナルチームへランクアップして行くことです。しかし、サッカーを行う少年達が多く、州の代表チーム入りすることも難関です。
 この様な状況の中で、この地域の野球州代表チームはインドネシア国体でも2位~3位に入賞する実力を持っており、インドネシア国体前には州の予算で海外遠征を実施していることや、まだ競技人口も少なくサッカーよりも比較的簡単に州の代表チーム入りが可能なこともあり、身体能力の高いサッカー少年達が野球へ転向するケースが増えています。

 今回のスラバヤ市での野球キャラバンは50名強の参加者を迎え、2日間をグランドで開催。1日目は野球動作の基本的な部分をレクチャーし、2日目は試合形式の中で要点部分を指摘、アドバイスをし、最後は野球のルールの質疑応答を行い、正解者にはDr.ストレッチのキャラバン隊の皆様が日本から持参した協賛支援の野球物資をプレゼントしました。
 また、州の代表チーム首脳陣へのストレッチ講習や、東ジャワ日本人学校の邦人の子供達と指導者の方へもキャラバンを実施し、ストレッチの大切さと、今後のストレッチの継続を啓蒙させていただきました。

 そして、新しい試みとして実行した「地元の中学校を訪問しての野球キャラバン」ですが、公立校と私立校を選択して訪問しました。新入生の野球同好会入会希望者の子供達と父母の方々、体育の先生方、そして、既に野球同好会に入会している選手達を合わせて総勢60名以上が参加しました。その結果、毎年野球同好会への入会者が8名ほどなのに対して、野球キャラバンを開催した今年は、33名もの入会があり、校長先生から感謝の連絡を受けた次第です。また、公立校と私立校の両校へも、Dr.ストレッチのキャラバン隊の皆様が日本から持参した、協賛支援の野球物資を贈呈させていただききました。
 野球途上国での野球普及への基本的な問題として、「野球物資の供給」があります。インドネシア国内では購入または入手が困難な野球物資を継続的に供給しなければ継続的な野球普及は困難です。日本であれば各選手達は野球を行うに際して、最低限の野球物資は購入可能ですが、インドネシアでは、それがままならない状況です。この部分についても、野球キャラバンを開催して終わりということではなく、開催した地域の子供達が継続して野球を行っていける手助けのレールを敷いていかなくてはいけないと思っています。

 第2回、野球キャラバン、スラバヤ市開催も無事に終了をし、笑顔と白い歯が、とても印象的な少年達や少女達との素敵な出会いをもらいうけました。関係者の皆様方に御礼申し上げます。次回の野球キャランは、11月末にインドネシアの首都、ジャカルタにて、学校訪問を中心として開催を致します。全く野球同好会の無い学校への訪問を致します。

日本人監督の挑戦
著者プロフィール
野中 寿人(のなか かずと)
1961年6月6日生。日大三高野球部在学3年の夏に西東京代表にて全国高等学校野球選手権大会に出場。
その後、日本大学体育会硬式野球部へ進学。日本大学では1年の秋から体調を壊し2年間の休部をし、現役野球人生を終える。大学卒業後は、フィリピン、サイパンなどで仕事をし2001年にインドネシアのバリ島へ移住。2004年からバリ島の子供達に野球を教え始め2005年にリトルリーグを発足。2006年にはバリ州代表監督に就任、また、クラブチームを発足。2007年にはインドネシア代表ナショナルチームの監督に就任。2007年のSEAゲームスで銅メダル、2009年のアジアカップで優勝、同年のアジア選手権大会へ出場。その後、インドネシア代表ナショナルチームの監督を辞任し、地方州底上げの為に、東ジャワ州代表監督に就任。2011年のインドネシア国体予選で準優勝、2012年のインドネシア国体前哨戦で優勝、同年のインドネシア国体決勝大会で銅メダル。そして2014年からインドネシア代表ナショナルチームの監督に復帰をし、2015年の東アジアカップで準優勝。

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