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"世界の野球"インドネシア野球「国際大会開催不能による野球衰退の実情」

2017年1月25日

文・写真=野中寿人

 昨年は、インドネシア代表チームのトップチームが参加する国際大会はありませんでしたが、昨年5月にジャカルタで開催された、東アジアカップでの準優勝、そして、アジア選手権大会出場の成果から、U-18カテゴリーのアジア選手権大会と、U-12カテゴリーのアジア選手権大会へのエントリー権を獲得し、参加に至ったことは、非常に喜ばしいことと思っております。しかし、以前の項でも記しました様に、参加に向けた資金の確保やチーム編成という大きな問題も浮き彫りにしたものでした。

 この項では、表題にも記しました様に、現在、アジア野球途上国で起きている実情を基に、野球衰退期突入について、2回にわたり、皆様方にご説明をさせて頂きます。また、私はアジア野球途上国の野球活動に携わる者として、アジア野球途上国の実情を記しますが、世界レベルで捉えた場合にも同様、野球衰退期に突入しているということを、加えさせて頂きたいと思います。

 まず、現在、国代表チームのトップチームをはじめとし、各年代カテゴリーにおける国際大会への参加枠確保の査定に大きく反映がされている、アジア野球途上諸国対象の東西アジアカップという国際大会開催についての問題として、東諸国に該当する東アジアカップの開催が、開催国(ホスト国)として負担をしなければならない経費の負担問題から、開催が棚上げ状態という深刻な状態に陥っています。

 日本の野球関係者の方々や読者の皆様方は、このアジア野球途上国の東側諸国にとって1番重要な、東アジアカップの開催が出来ない状態になっていることを、ご存知でしょうか?もし、ご存知なければ、野球発展にとって無視をすることは出来ない問題でありますゆえ、是非とも、覚えて頂ければ幸いでございます。
 また、この問題は今に始まったことではなく、既に2009年から始まっていることなのです。その事実として2008年に開催予定だったアジアカップは(当時はまだ東西のアジアカップが統一されていた)、開催国の経費負担の問題から数度の延期を繰り返し、2009年に開催国をフィリピンからタイに変更をして、やっと開催出来たという経緯があります。

 更には、2014年の東アジアカップの(既に東側と西側とに分かれて開催)開催についても同じく、3回の延期を繰り返した末に、フィリピンからインドネシアに開催国を変更して2015年に開催しています。また、この延期の関係から、結果として、西側の西アジアカップと比較をしてみると、東側の東アジアカップは1大会少ない開催数になっているのです。

 東西分離後のアジアカップは、西側はパキスタンが中心となって西アジアカップを開催しており、既存の2年毎での開催を厳守しており、来月(2月末から3月上旬)に、イスラマバードにて西アジアカップが開催されます。しかし、東側の東アジアカップは、タイ、フィリピン、インドネシア、香港といった野球場を常設、また、以前からアジアカップのホスト国を受けていた国々が、ホスト国としての大会開催資金を捻出できない状況に陥っています。
 東西のアジアカップを統括するアジア野球連盟からは、ホスト国として開催国を受けた国は、アジア選手権大会へ無条件での出場を与えられ、開催国と優勝国が同一の場所には、準優勝国も繰り上げにてアジア選手権大会への出場が可能という新しい規約が告知されました。しかし、開催にあたりホスト国として必要な1千2百万円から1千5百万円の資金は、各国の政府組織からは、当然のこととして資金投下はされず、各国のアマチュア野球連盟に、経費負担が委ねられることになりますが、やはり、野球途上国の野球連盟では該当資金は賄えません。

 実は、2014年当時、東アジアカップ開催の延期が繰り返されている中、我々、東アジアカップ参加国に該当する数ヶ国の日本人指導者が中心となり、開催ホスト国の負担を軽減する意味から、東アジアカップ参加における滞在費用となる交通移動費、宿泊費、食費、その他纏わる経費一切について、参加する自国負担にて東アジアカップを開催させる話し合いをしました。しかしやはり、自国の代表チーム編成資金に自己負担の参加経費がプラスされることから、半数国からしか賛同が得られず、アジア野球連盟への承認申請には至りませんでした。
 また、現状のアジア野球諸国の各国連盟の実情として、日本、韓国、チャイニーズ タイペイ、中国の、アジア4強を望む、諸々の問題や事情はあるにせよ、コンスタントに国際大会をホスト国として開催出来るのはパキスタンだけだと考えます。であれば、開催国、すなわち、開催地域への参加渡航費用によって参加数は減少するでしょうが、以前の様にアジアカップを統一するか?

 また、アジア4強が出場をし、アジア4強国内の、いずれかの国で開催されているアジア選手権大会の開催時に、アジアカップ開催を前哨戦大会として取り込んでもらい、アジア選手権大会の開催国にアジアカップの開催経費を負担してもらうか?
 更なる案としては、アジアカップ開催における資金提供をアジア4強国内の団体や個人から、大会スポンサーとして世話をしてもらうか?いずれにせよ、開催がままならないのですから、即、何らかの策が必要です。

 ここで、皆様方に考えて頂きたいことは、アジア野球途上諸国の選手達のモチベーションからも、国代表のトップチームの成績が、各年代カテゴリーでの国際大会参加に反映される世界/アジアランキングの査定システムになっている以上、東アジアカップの開催は非常に大切なことです。しかし、現状、開催がままならないということは、既に、既成事実として野球の衰退を証明しています。何らかの方法を持って、この問題/野球衰退を打破しなくてはなりません。
 この様な状況下において、最も深刻な問題は、東側のアジア野球途上国の選手達は、国際大会が開催出来ない、すなわち、国際大会へ参加できない事から、個々の人生設計と照らし合わせ、野球を辞める選手が続出することで、その兆しは既に現れています。

 これでは、野球発展どころか、野球人口の激減を引き起こし、益々、野球衰退へ向かってしまいます。やはり、打開策としては、野球をオリンピックの正式種目への復活を掲げる以上、世界/アジアランキングの上位国、その中でも、日本という国には、野球発展の荷を背負って頂きたい。いや、担う義務があると強く判断をしております。(続く)

日本人監督の挑戦
著者プロフィール
野中 寿人(のなか かずと)
1961年6月6日生。日大三高野球部在学3年の夏に西東京代表にて全国高等学校野球選手権大会に出場。
その後、日本大学体育会硬式野球部へ進学。日本大学では1年の秋から体調を壊し2年間の休部をし、現役野球人生を終える。大学卒業後は、フィリピン、サイパンなどで仕事をし2001年にインドネシアのバリ島へ移住。2004年からバリ島の子供達に野球を教え始め2005年にリトルリーグを発足。2006年にはバリ州代表監督に就任、また、クラブチームを発足。2007年にはインドネシア代表ナショナルチームの監督に就任。2007年のSEAゲームスで銅メダル、2009年のアジアカップで優勝、同年のアジア選手権大会へ出場。その後、インドネシア代表ナショナルチームの監督を辞任し、地方州底上げの為に、東ジャワ州代表監督に就任。2011年のインドネシア国体予選で準優勝、2012年のインドネシア国体前哨戦で優勝、同年のインドネシア国体決勝大会で銅メダル。そして2014年からインドネシア代表ナショナルチームの監督に復帰をし、2015年の東アジアカップで準優勝。

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