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"世界の野球" 南の楽園フィジーのHAPPYベースボール通信 第7回「フィジー野球の2年間を振り返って(前編)」

2016年11月28日

文・写真=白川将寛(元JICA青年海外協力隊・フィジー野球ナショナルコーチ)

 2016年9月29日。成田空港に降り立ったとき、夢だった青年海外協力隊野球隊員としての2年間の任期が終わりました。現在は実家がある宮崎にいます。
 帰国後は、フィジーでの日々を思い出すとなんだか心が落ち着かなくて、自分は本当に2年間もあの場所にいたのか不思議な気持ちになります。夢だった時間が終わったけれど、まだ夢の続きを追いかけているような、幻想的な感じ。うまく言葉にできないけれど、記しておきたい今の気持ちとフィジー野球の軌跡。

ナショナルチーム

 フィジーの野球代表チーム(=ナショナルチーム)の指導も活動のひとつでした。代表チームといっても4年に一度のパシフィックゲーム(南太平洋の島々によるオリンピックのような国際大会)の参加を目指して、野球好きな大人が大会半年前くらいからぼちぼち数人集まる程度のチーム。「ほんとにフィジーに野球の代表チームなんてあるの?」と半信半疑で赴任したのですが、本当にチームは存在して、任期中にパシフィックゲーム(2015年7月・会場パプアニューギニア)が開催されることになったので、その大会の約半年前から本格的にナショナルチームの指導に携わることができました。
 といっても、家族の行事が優先だったり、仕事で来れなかったり、しかも野球部門はなくソフトボール部門の開催しかないので、全選手初めてのソフトボールへの挑戦となり、毎日悩みはつきませんでした。
「みんながそろわない理由は自分の指導法が選手達にマッチしていないからだろうか」「伝えたいことがあるけど英語やフィジー語でどう伝えればいいんだろう」「大会に参加するための資金はどうやって集めよう」

 練習に来れば、陽気に練習をする選手達。大会が近づくにつれ、ようやく練習参加人数が増えチームとして活気を帯びてきました。その姿を見ながらイノケさんと、どうすれば「代表チーム」らしくなるのか、どうすれば強くなるのか、そもそもパシフィックゲームにちゃんと参加できるのか毎日のように悩み、話し合いをしていたことを思い出します。
 国内大会を企画・開催したり、JICA関係者の方々に協力してもらったり、広報活動したり、渡航費のためのスポンサー探しで色んな企業に頭下げに行ったり。日々の練習メニューをイノケさんと考えること以上に、『代表チームを運営すること』ってこんなにも大変なんだって身をもって知りました。

 だけど、なんでだろう。選手達との日々の練習を思い出すとき、めちゃくちゃ大変な日々だったのに「苦しい」よりも「楽しい」感情が沸いてくるんです。なんだか、愛おしくなるんです。
 ネガティブに考えてしまう日もあった、だけど、振り返るとポジティブな感情が沸いて、また彼らに会いたくなるんです。それが不思議でしょうがないんです。帰国して気づいた確かなこと、それは、僕が一緒にすごしていた選手達は、これからも関わり続けたい不思議な魅力をもつ愛おしい選手達だったということ。

 結局パシフィックゲームには、参加表明していた他国が参加辞退したことでソフトボールの開催自体がなくなったとフィジーオリンピック委員会から通告され参加はできませんでした。非常に悔しかったですし、参加費の一部を支払っていたイノケさんも悲しんでいました。
 だけど、間違いなく、ナショナルチームはソフトボール挑戦という新たな1ページをフィジー野球の歴史に刻みました。経験値が高まったこと、短期間でも国の代表を意識して練習したことは誇りに思っていいはずです。

 通告後の選手達とのミーティングで、ベテラン選手の一部から「この経験を若い世代に繋げよう。イノケにも協力していこう。」という声があがり、このミーティングを境にイノケさんが5年前から指導している小学生・中学生世代もナショナルチームの練習に参加させることになり、現在はイノケさんに育てられた若い世代がナショナルチームの中心として活動しています。小学生の野球大会やクラブチーム選手権大会では、以前はイノケさんと僕だけで開催・運営していましたが、今ではナショナルチームのベテラン選手が審判やスコアラーとして積極的に協力してくれるようになりました。『フィジー人によるフィジー人のための野球』のスタイルが少しずつ出来上がってきています。

 これからフィジー野球はどんな方向に進むのだろう。一つだけ方向性の軸を挙げるならば、それは、『HAPPY』をみんなで共有しあうベースボールであること、だと思います。選手達はすでにこの方向性は無意識的に理解していると僕は思います。2年間フィジーで生きて、フィジーの人々の助け合いの精神に驚かされました。幸せに生きる術をたくさん知っていました。人生、楽しんだもん勝ち!そう全身全霊で表現していました。
 ベースボールを通してHAPPYな感情を仲間と共有できることを彼らはもう知っています。だからこそ、ナショナルチームや子どもたちに、充実した練習場所や公式戦のチャンスを与えてあげたい。これからもフィジー野球を全力で応援し協力していきたいと思います。

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