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オリンピックアテネ大会 日本代表の応援団

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カナダ

2000年シドニー大会出場 セントルイス・カージナルス 田口壮選手

田口 壮
1969年
7月2日生まれ
兵庫県西宮市出身
1992年 ドラフト1位で
オリックスに入団
1996年 ベストナイン受賞
1995年
1996年
1997年
2001年
ゴールデングラブ賞を受賞
2000年 シドニーオリンピック出場
2002年 セントルイス・
カージナルスに移籍

「終わってみたら楽しかったですね。メダルには届かなかったけれど、(プロ、アマ)混合チームがあんな短期間で、あれほどひとつにまとまるとは思わなかった。ひとつの目標を持っているということはすごいことなんやなと思いました。なんとか金メダルを取る。その目標がある限り、プロだアマだという立場は全然関係なかったし、そういう点では いいチームでしたね、あのチームは。 最初の練習の時などは正直違和感がありました。アマチュアの選手たちも、やっぱり僕らを一歩引いた目で見てましたよね。遠慮があって、近寄りずらいというか、とにかく、ああ、やりずらそうやな、って思いましたよ。ところが現地に入って、同じホテルに泊まり、一緒に練習したり、夜、みんなで集まってお酒を飲みながら、野球の話をしているうちに、どんどんひとつになっていった。周りの人が僕らをプロ、アマとして区別していたとしても、僕らはただ野球という共通語で、がっちりひとつにまとまっていった。お互いに立場を考えて遠慮や驕りがあるようじゃ、いいチームにはなれませんよね。
最初にアメリカにサヨナラ負けしたんですけど、皮肉なことに、それでどんどん結束力が強くなっていきました。決勝リーグに行った時には、完ぺきに出来上がったチームになっていました。
なんとかしたいという思いはあったんですけどね…。国を背負うのは誇りであり、同時にプレッシャーです。日本シリーズとも全然違う。一発勝負だし、日本人の期待も背負っていたし、初めてプロが入って負けたらあかん、とも言われて行きましたからね…。

これはねえ、すごい重みでした。あれは経験しないと分からない。ぼくにとって国際試合はたぶん最初で最後でしたけど、野球人生の中で一番緊張したというか、張り詰めたというか…。本当にそんな感じですよ。ただユニフォームに日の丸がついただけで、背負う期待の重さは計り知れなくなります。大変なことだと思いましたよ。今、振り返っても、いいチームだったなと思う。なんとかあのチームでメダルを取りたかったと、今でも思ってます。結果について周りでいろんな人がいろんなことを言うけど、そんなことはなんにも関係なし。また、あのチームでやりたいという気持ちはぼくはすごく強いです。まあ、やっぱり4年たつと時代が許さないですけ どね(笑い)。 今回? さらにプレッシャーがかかると思いますよ。(全員プロで)行けば、行ったで…。アドバイス? アドバイスなんてないですよ。素晴らしいチームですし、そこから先は出たとこ勝負でしょう。(日本代表の)OBというよりも、一日本人として応援します。でも、アメリカは出場していないし、こっち(米国)で放送されるのかなあ…。もし、テレビで放送されなくても、ぼくはインターネットで日本チームを追い掛けますよ。」